お知らせ コラム

2018-11-07 15:35:00
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先日、『日日是好日』(にちにちこれこうじつ)という映画を観てきました。
故 樹木希林さんが茶道の先生を演じていて、やさしさや厳しさ、強さやチャーミングな面などが自然と漂ってくるような佇まいが本当にすばらしかったです。
樹木希林さんは何年間も全身をがんにおかされていたそうですが、とてもそんな風に感じさせませんでした。

病気や年齢が人の可能性を狭めることはない、というのは、大道芸人のギリヤーク尼ケ崎さんの踊りを観たときにも痛感したのですが(※ギリヤークさんについてはこちらの記事をご覧ください。→『踊れるギリヤークさんと歩けないわたし』)
わたし自身は少しどこかが痛いだけでそこに大半の意識を持っていかれ、ちょっと体調を崩しただけで心が萎えてしまいますので、そんな状態で人前に出て踊ったり演技をしたりできるなんて一体どうなっているんだと思います。

多分、人がもともと持っている原動力というのはみんな同じもので、強さも一緒だと思うのです。
ただ、それを世の中に向けて表現するときに、身体の状態やその人の持つ価値観、さらに世間のルールやプレッシャーなどの色々なフィルターや障害物を経ると、強さも形も人によってそれぞれの状態になって表に出てきます。
ここで大事なのはそのフィルターや障害物を自分で選んだり取り除いたりすることもできるということだと思います。

病気にかかったりトラブルにみまわれたとき、それを自分の原動力を遮る障害物ととらえる人、原動力を増幅させる装置ととらえる人、まずその存在すら気にしない人・・・どれが素晴らしいとか優れているとかではないですが、同じ体験をしても生き方がそれぞれになりますね。

どういう生き方をしたいかという意思がしっかりしていると、トラブルや不調に完全支配されずにいられるんでしょうね。

ちょっと具合が悪いとすぐ人前になど出ていられなくなるわたしですが、樹木希林さんのあの平然とした生き方は見習いたいと思いました。